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堀辰雄の『風立ちぬ』を読んだ。この本は有名な本だが今まで読んだことがなかった。そもそも堀辰雄の本を読むのは初めてだった。

感想はどうか。興味ふかい本であったが、自分が若い頃に読んだら、感動したかもしれない。シニアになった自分が読むと、興味は惹かれるが、感情に訴えてくるというよりも、知的興味が刺激されるのだ。

まず、思ったことは、戦前における肺病、つまり肺結核の恐ろしさであった。当時はまだ不治の病として多くの若い人が命を奪われた。

舞台は主としてサナトリウムである。主人公が婚約者である節子を看病しながら、そして徐々に婚約者の衰弱してゆく様子を、季節の移行に重ね合わせながら語っていく。

ただ、色彩画であれば、淡いペンテル絵のようである。死を目前にした婚約者の恐怖や、二人の間に当然あったろう、軽い喧嘩などは全然触れられていない。それゆえに、何か現実感の希薄な物語となっている。

婚約者が死ぬ場面は記述されていない。そこは飛ばして、筆者が思い出を語るという場に進んでしまう。また、性的な部分も語られていない。せいぜい、手を握ったとか、額を触ったという程度だ。

死と性を避けた小説になっている。現代人の自分からすると、現実性の希薄な小説とは思うが、それゆえに一種のはかなさ、精神性を生み出しているのは、この小説の上手なところである。

さて、筆者の堀辰雄も結核で50歳前に亡くなっている。ペニシリンが発見される前は多くの人が結核の犠牲者であった。筆者はそれゆえに、冒頭のヴァレリーの Le vent se léve, il faut tenter de vivre. を引用して「生きなければならない」と自分自身に言い聞かせるようである。


結核だが、正岡子規の日記などを思い出した。かれの病気に苦しんだ日記を思い出したりした。若死にした文学者の多くは、結核が原因なのだろう。