『大菩薩峠』の魅力とは何か。様々な登場人物がいて、それぞれが個性を持っていることだ。著者の中里介山は男性なので、女性の描き方がかなりステレオタイプだな、と、時々そんな風に感じることを除けば、いずれの登場人物も生き生きとしている。

これらの登場人物の中で、二人は目が見えない。主人公の机龍之介と弁信である。でも、二人とも勘は鋭くて、目利きと同じような感じで生活ができる。旅も平気でできる。机龍之介に至っては、盲目でありながら、辻斬りまで行っている。

さらには、茂太郎も不思議な能力を持っている。船が石巻に近づいたときに甲板の上にいて、七兵衛が来ないか待っている。しかし、急に、「七兵衛さんは来ない。怪我をしている気がする」などと鋭い勘を示す。

また、犬のムクも何故か超自然的な力を持っている。善人と悪人をすぐに見極めたり、凶事が近づくと警戒の声を発する。

それぞれが個性があり、魅力的である。感情移入してしまう読者もいるだろう。この小説の魅力の一つは、様々な登場人物に魅了されることである。

また、いろいろと自分の知らないことが勉強できてよい。さて、自分が学んだことを幾つか次に挙げる。

(1)王羲之は東晋の優れた書家であり、多くの人は彼の書を手本にしている。彼の書で有名な蘭亭序(らんていじょ)は唐の太宗のお気に入りで、彼が亡くなるときは、一緒に副葬品として埋めたそうだ。そのために、今は一つも残っていない。さらに、長い戦乱のあとで、今では、彼の真筆は残っていない。残っているのは、後世の模写のようだ。しかし、(この小説では)、伊達家には、王羲之の孝経の書が残っていて、門外不出だそうだ。

(2)瑞巌寺はお寺であるが、お城のように頑丈に作られている。大名たちは、江戸時代は、城を築くのは禁じられていたが、城を寺風に築き、いざ、戦いの時には利用できるようにした。

(3)上方から東に下るときに、美濃、尾張と進むのを「みのおわり」(身の終わり)と読んで縁起が悪いとして、近江の国へいったん入って出たりした。

とにかく、様々なストーリーが展開するが、随所に筆者の膨大な知識が披露されていて、読んでいて勉強になる。