『大菩薩峠』をまだ読んでいる。初めは、こんなに内容が深くておもしろい小説だとは思わなかった。これまでに、6割ほど読んだ。飽きない。いつになったら読了かは分からない。ただ、ただ、この世界にいつまでも浸っていたいので、長い小説でも苦にはならない。

この型破りの小説の魅力は何だろう。一つは登場人物の面白さである。自分は、実は、主人公の机龍之介にはさほど魅力を感じない。単に、人を切りたいというだけの、変わり者である。自分は共感しない。それよりは、面白いのは、弁信というお坊さん、お雪、七兵衛、駒井能登の守、米友などである。あるいは、田山白雲という絵描きも面白い。

それぞれが、時々自分の哲学を披露する。もちろん、それは中里介山の哲学であるが、しばし、傾聴してしまう魅力がある。弁信は盲目の若い僧であるが、目が見えない代わりに、勘がすぐれている。弁信は誰々が来たとか、向こうから来る人が自分にどのような気持ちをいだくのか、鋭く読み取る力がある。彼が自分と社会、生死観などを語る。なるほどと思うこともある。

絵描きの田山白雲が地方の名士と絵のすばらしさについて語る章も面白い。狩野永徳、雪舟や中国の画家達を比較して、その特徴を述べたりする箇所は面白い。自分も墨絵などの画集を買ってみたいと思っている。

中里介山は自然の描写も素晴らしい。甲府、信州、高山、白山、白骨温泉、房州などの自然の描写は素晴らしい。この時代は街道が雄大な自然に囲まれていた時代だ。人々は足で旅をしたのであり、難儀といえば難儀だが、その分、自然の壮大さには打たれることが多かったと思われる。

白川郷を理想郷のように語っているのも面白そうだ。自分が今読んでいる段階では、まだ白川郷には達していないが、登場人物達が白川郷でどのような事件と出会うのか早く知りたい気がする。

作者の音楽的なセンスも抜群である。音楽についての語りが面白い。単に音楽ではなくて、詞とも結びつく。茂太郎という童がでてきて、即興でいろいろな歌を歌う。その純真な歌や心は動物にも通じると見えて、彼の周りに動物が集まる。また、尺八の魅力やお囃子、踊りも出てきて、楽しい。

この小説の魅力は個性的な登場人物と自然の描写で、まるで自分もその世界に生きているような錯覚を覚えてしまうことだ。彼の筆のたしかさには驚嘆せざるを得ない。さて、まだ4割ほどこの小説は残っている。これからも時間をかけて読んでいくのが楽しみだ。