2015-03-11

第3話 Das Judenmädchen を読む。Armenschule(貧しい子供達のための学校) にユダヤ人の少女が通っている。才能があるが、宗教の時間は授業に参加できない。それは、宗教の時間はキリスト教に基づく授業なので彼女は参加できない。学校の先生が父親に彼女がキリスト教に改宗するか学校を去るかを選ぶように言う。彼女は学校を去ることになる。

彼女の名前は Saraである。彼女は黒い髪と黒い目をしていた。 Ihr Haar war schwarz wie Ebenholz, ihre Augen dunkel und doch voller Licht und Glanz, (no.554) 何度もこのブログで取り上げるのだが、西洋人の黒髪と黒い瞳への憧れの理由を知りたいと思っている。単に異国趣味であるからだけではなくて、もっと本質的な問題が関係すると思われるのだが。

教会では、日曜日になると、オルガンの響きや歌が聞こえてくる(no. 561)。ユダヤ人であるSaraにとっては、Sabbat が安息日である。(なお、この本では、安息日をSabbath と綴ってある。このスペルは辞書にはないのだが、これはどうしてか。古風なスペルなのか)Sabbat は「ユダヤ教の安息日(金曜日の晩から土曜日の晩までの間」とあるので、要は土曜日に該当するようだ。彼女の安息日はキリスト教徒にとっては、労働日であり、彼女は働かなければならない。

彼女にとって、新約聖書は興味の持てない本であったようだ。Das Neue Testament war ihr ein verschlossenes Buch.. (no. 567)とある。verschlossen の訳はどうなるか迷ってしまう。この語を辞書で引くと、「(verschließenの過去分詞)形 1(ドア・家などが)鍵を掛けられた 2《3格》〔…³に〕(可能性などが)閉ざされた 3打ち解けない,無口な ▶ein verschlossener Mensch 人づきあいの悪い〈無愛想な〉人」とある。これらを参考にして「興味の持てない」と訳していいだろうな。

Saraは仕事と病人の看病で体が弱っていく。Und sie wurde krank ins Armenhaus gebracht; dort starb sie und wurde begraben ….. draußen an der Mauer wurde sei begraben (no. 614) 貧民のための救護院で世を去るが、ユダヤ教徒なので、教会の墓地には埋葬されないで、墓地の壁の外側に埋葬された。ただ、教会のそばであったので、キリスト教信者たちの歌が彼女の墓の上に鳴り響いた。

なんだか、寂しい話である。アンデルセンはこんな寂しい話をたくさん書いたようだが、あんまり子供向けの話ではない。ユダヤ人という少数民族の少女の哀れな生涯にスポットライトを当てている。アンデルセンは、このような境遇の人々に共感の眼差しを向けていたようだ。

次の第4話 Das Schwanennest は、白鳥の話か。白鳥が巣から飛び立ち、行ったり来たりして、最後に「白鳥の歌」を歌う、という話のようだ。なんだか、これもよく分からない話だ。寂しい話であることだけは分かったが。