2015-02-06
The Private Papers of Henry Ryecroft (kindle version) を読み終える。自分の心に染み入る言葉がたくさんあった。この本はいつまでも自分の手元に置いておきたい。
さて、昨日今日と読んだ箇所について語りたい。この本は fain という語を多用する。この後は古い言い方で、would fain として使われて「喜んで〜する」という意味である。現代では使われることは稀であろう。また、shall が多用されている。現代英語ならば、will の箇所で使われる。このあたり現代文ばかりに慣れていると違和感を抱く。動詞の astonish surprise が受動態ではなくて能動態で使われることが多い。I was astonished at this fact.(現代風)ではなくて、This fact astonished me. (Gissing 風)である。perchance という単語も頻繁に出てくる。いろいろと語法を見ると、この本は英語のテキストとして使うのは難しいであろう。英文学の授業では可能だろうが、他の学部では、英文が古臭くて役に立たないと学生から非難の声が上がるだろう。
Winter の章は自然に関する描写が少ない。寒いので、部屋に閉じこもりになる。社会に関する思いをいろいろと吐露している。主人公は科学に関する不信を述べたり、ピューリタニズムや英国人の気質について語っている。英国人は性的なことを書くのはためらうとも書いてある。この本でも、それに関する言及は皆無である。
主人公の年齢が54歳で晩年という想定である。実際の作者である Gissing が46歳ぐらいの時に書いた本であるが、実際に老境に達した人だけが書けるようなことが書いてある。作者は自分よりもかなり若い時期に、こんな枯れた本を書いている。平均寿命の短かかった時代の人々は、このように比較的若い頃から死や老いを意識していたのであろう。この本を読むと徒然草を書いた兼好法師を思い出す。二つの本には似ている部分もあれば、異なる部分もある。これは当然である。作者二人とも現代に生きていたら、たぶんブログをやっていただろうと思う。
さて、つぎは何を読むか。カミュの La Peste を読むことにする。