2015-01-25
第194話はDie Kornähreである。出だしは Vorzeiten, als Gott selbst auf Erden wandelte, (no. 10553) である。「太古の神がまだ地上を歩いていた頃」という出だしは、グリム童話集では初めてではないか。短い話、子供が土で衣服を汚したので、穂を取って、それで拭いたら神が怒ったという話である。
第195話はDer Grabhügel である。ある時、豊かな農夫がいた。そして彼はたくさんのお金を貯めた。ある時に、貧乏な隣人が助けを求めに来た。その時に、農夫はある条件で隣人を助けることにした。農夫が死んだときは3晩お墓の番をするという条件であった。そして農夫が突然死する。隣人は約束を守り番をする。二日目の日に兵士が番に加わることになった。そこに悪魔がきて、死んだ農夫の魂を取り去ろうとした。しかし、二人は拒絶する。そこで、悪魔はお金で二人を言いふくめようとする。靴にいっぱいのお金を入れることにした。しかし、兵士は靴に穴を開けてなかなかいっぱいにならない。そうしているうちに朝になり、農夫の魂も救われ、また二人は豊かになったという話である。もっとも、兵士は静かな生活で十分だと言うのだが。
第196話はOll Rinkrankである。フリージア語(方言)で書かれているので、英訳を探して読んでみる。ガラスの山がある。王様がガラスの山を越えたものは王女と結婚できると宣言する(なぜ、こんなことを宣言するのか?とにかく、これは物語なので、野暮な質問はしない)。王女がその男を助けて二人で越えている途中で王女だけ、ガラスの山に突然空いた穴の中に落ちてしまう。その中には、Rinkrank という老人がいる。王女は長くこの老人に仕えるが、ある時に、この老人を策略で出し抜いて、王女は脱出して無事男と結婚するという話である。
なぜ、グリム兄弟は方言で書かれた物語をかなりたくさんこの童話集に含めたのか。少なくとも1割以上は方言で書かれた物語がある。それらを標準ドイツ語に書き直したりはしていない。このあたりに、グリム兄弟の言語観がうかがえる。つまり、方言も含めたドイツ語全体に対して敬意を抱いていたということであろう。