2015-03-19
The Wind-up Bird Chronicle を聴いている。いろいろな話が断片的に出てくる。そして、それらが繋がりを持っているようだ。まず、野球のバットである。主人公は札幌で見かけたギター弾きの青年を尾行する。そして、ある安アポートで反撃を受ける。しかし、彼の持つバットを奪い叩きのめす。敗戦直前の満州で満州国軍の兵士を日本の軍人たちが殺害する。その中で、no.4 の人物だけバットで殴り殺す。バットで打ちのめすという繋がりがある。
彼らが殺されていく、血生くさく殺される場面と、モンゴルの川辺でヤマモトが生きながら皮を剥がれる場面がリンクする。ともに、残酷な殺され方をする。その時に、Wind-up bird が鳴いていたという場面が出てくる。また、獣医、その人はメグの祖父のようだが、顔に青黒いアザがある。主人公もある時期に、熱を感じて、アザが顔に付いてしまった。それが共通点である。
これらは、ムラカミの他の話ともリンクする。札幌のホテルの話は、どうしても『ダンス・ダンス・ダンス』のDolphin Hotel の話を連想させる。また、ノボル・ワタヤの叔父が満州で羊の繁殖に関与していたという部分は、やはり羊男やダンス・ダンス・ダンスとも関連する。
ムラカミの最近の著作『1Q84』や『海辺のカフカ』などは比較的にまとまりが出てきている。一貫性が出てきている。それゆえに、読者の想像する部分が少なくなってきている。この点が自分には不満である。
自分は英語版で聴いているわけだが、この点は有利な点もある。日本語ならば、言葉が分かりすぎてしまう。自分の想像が遊ぶ余地が少なくなる。英語ならば、かなり分かりにくい面があるので、それを補う意味で想像を巡らすことができて楽しい。
ムラカミの小説は一つ一つ独立していると考えないで、小説群としてたがいにリンクし合っている。小説の中に、たくさんの物語がある。それらは配列が変えられるし、繋がりも読者の自由に変えてもいい。万華鏡のように読みが毎回変化していく。これは魅力である。