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黒澤明監督の映画『用心棒』を見た。先日見た『椿三十郎』はその続編である。ともに、風来坊のひどく腕が立つ浪人(三船敏郎)が現れて、町を平和にもどす働きをするというストーリーである。
出世栄光を望まない、お金にも無欲である。しかし、人情を心得ていて、農夫の妻と子どもを助けて町から去るのを手伝ってやる。
名前を聞かれると、外を見て桑畑があることから、「桑畑三十郎」と名乗っている。ここでは、本名のような過去とのつながりを連想されるものはなくなり、その場、その場で適当な名前を見つけて使うようである。完全なるアウトローとも言えるが、それは世俗の汚れからは超越した存在でもあるのだ。
この映画の特徴は黒澤明監督がさまざまな新企画を試みたようだ。この時代の映画は全盛期で次から次と新しい装いの映画が登場する。監督たちも張り切って新企画、新しい撮影法を試みたことと思う。どんな新企画が織り込まれているか想像することも楽しい。
ところで、これは大変な数の人間が殺戮される映画である。アメリカ映画でもたくさん人が殺戮されるがこれほど多いのは珍しいであろう。
桑畑三十郎は、一人で、30人ほど片付けてしまう。5~6人切ったら刃も欠けてくることと思うが、刀がそんなに持つのかとか、同時に複数名が打ち込んできたらどうして片付けることができようか、などと言った野暮な質問はしない。ここは娯楽映画ということでゆっくりと映画の世界に浸るのである。
当時でも、人を殺めるのは御法度で厳しく罰せられるものであったと思う。このような人の殺傷が許される無法地帯は想像上の存在で、現実にはあり得なかったと思われる。現実にはあり得なかった故に、人々の想像力、空想力を駆り立てる。一挙に悪党どもを成敗してくれたらという庶民の願いを叶えてくれる存在、それが桑畑三十郎である。