異文化の森へ

願わくは

2015-02-01

Private Papers of Henry Ryecroft を読んでいる。読んでいると『徒然草』、『断腸亭日常』などの日記・随筆の内容を思い出す。筆者は軍事教練や徴兵制に対しての激しい嫌悪感を示している。教練を担当する教官と仲良くなる同級生がいることに呆れている。このあたり、永井荷風が軍人政府に対して激しい憤りを書いていたことと重なる。

自然に関してのいろいろな発見がある。Our island sun is never hot beyond endurance. (no. 798)とあるようにイギリスでは夏はそんなに暑くならないようだ。The last thought of my brain as I lie dying will be that of sunshine upon an English meadow. (no.694)などは、西行法師の「願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月の頃」を思い出させる。Perhaps, too, that early memory explains why I love a good black-and-white print even more than a good painting. (no. 681) とあるが、白黒の版画(版画だろうな?)を好むとある。このあたりの感覚は、私も華やかな油絵よりも、地味な水墨画に惹かれる点があるので、よく理解できる。I found more pleasure in Nature as represented by art than in Nature herself. (no. 687) しかし、この感覚は私には分からない。私は自然そのものに感動することが多い。

Homer and Virgil, Milton and Shakespeare; not many Sundays have gone by without my opening one or other of these. (no. 736) 作者はホーマー、ウェルギリウス(この人の作品は私はまだ一冊も読んだことがない、『アエネイス』という有名な本を書いたようだ)、ミルトン、シエークスピアなどを好んだようだ。作者はギリシア語やラテン語も読めたのだろうと推測する。

お手伝いの女性のことも絶賛している。静かで作者の生活を乱さない人であることでとても気に入っているようだ。なお、日曜日は彼女は仕事休みで、She will go to church, morning and evening. (no. 728)とある。当時の人々は教会のミサに朝晩と二回参加していたのか。現代の人々はせいぜい一回であろうが。

だいたい3分の1ほど読み終わった。今週中には読了できるだろう。

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