異文化の森へ

グリム童話集の初版本

2015-01-30

グリム童話集が発刊になるまでにはいろいろなことがあったようだ。Wikipedia を読むといろいろなことが書いてある。それによると、グリム兄弟は作家ブレンターノから童話の収集を依頼され、彼に49編を渡す。しかし、ブレンターノは預かった草稿を紛失してしまう。もっとも、20世紀に入ってこの草稿はエーレンベルク修道院で発見された(エーレンベルク稿と言う)。この原稿は Kinder- und Hausmärchen: Die handschriftliche Urfassung von 1810という名称でドイツのアマゾン経由で購入できるようだが、日本での入手は簡単ではなさそうだ。

ブレンターノはその後グリム兄弟に連絡をしないために、グリム兄弟は独自に出版計画を立てる。そして、ブレンターノに渡した原稿の写しをもとに、1812年に86篇を第一部として発売する。1815年にはあらたに70篇を第二部として発売している。合計156編がグリム童話集の初版となる。

グリム童話集の初版である Kinder- und Hausmärchen (1812/15) はkindle で無料で入手できる。冒頭の「カエルの王様または鉄のハインリッヒ」Der Froschkönig oder der eiserne Heinrichを読んで比較してみる。自分が先日ようやく読み終えたのは、1857年に刊行された第7版(最終版)であり、両者には、45年ほどの時間の経過がある。

読み比べての第一印象は初版の方が簡素で面白いと感じた。
Es war einmal eine Königstochter, die ging hinaus in den Wald und setzte sich an einen kühlen Brunnen. (初版)

In den alten Zeiten, wo das Wünschen noch geholfen hat, lebte ein König, dessen Töchter waren alle schön; aber die jüngste war so schön, dass die Sonne selber, die doch so vieles gesehen hat, sich verwunderte, sooft sie ihr ins Gesicht schien. (最終版)

最終版は色々とゴタゴタ書き過ぎている。娘がたくさんいて末娘が美しくて、お日様でさえも驚くほどである。確かに物語らしくなるが、初版の簡素な力強さはなくなってくる。

ところどころ、語句が異なる。「宝石」は、初版本 Edelgesteine 最終版Edelsteine である。Edelgesteine は独和大辞典にも載っていない語である。カエルが王女に嘆願する部分で「泉」を初版版はBrunnenwasser としているが、最終版ではWasserbrunnenとしている。細かいことだが気になる。王子と王女は初版本では Prinz, Königstochterであるが、最終版ではKönigssohnである。これは、ナショナリズムの高まりでドイツ語の純化運動が進み、ラテン系のPrinzという語が嫌われたからであろう。「戸」は初版本では Thüre だが、最終版では Tür である。

この物語が一貫して、童話集の冒頭に置かれているという事実を考えてみたい。グリム兄弟はこの物語が冒頭にふさわしい物語性を持っていると考えたからであろう。このあたり、もう少し考えてみたい。

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