異文化の森へ

gender の世界

2014-04-24

フランス語では名詞が男性名詞と女性名詞とに分かれている。そして、それを受けるのは、il とelle などの人称代名詞となる。Maigret et la Grand Perche の p.16に、il m’a raconte que la police lui avait reclame ses papiers et avait du le prendre un sale type parce qu’elle l’avait interpelle au bois de Boulogne, a l’endroit ou des femmes ont l’habitude de faire la retape. とある。elleはla policeをうけているからelleになるのだが、どうしても慣れない。la police とあるので男性と思っていて、ここでelle が出てくると彼女は?とは誰だ?と頭の中で考えてしまう。la policeを示すのだと気づくのに数秒かかってしまう。

すべての名詞が男性か女性かに分けられる世界、なんだか不思議な感じがする。英語の世界では、genderの問題がうるさくて、chairman, salesman などはchairperson, salesperson に移行しつつある。actressのような女性だけをさす表現も問題視されて、actorへとなりつつあると聞く。しかし、フランス語は名詞には男性か女性という属性が常に付与されているので、そのような問題は起こらない。中性的な表現が求めづらい言語である。

Grand Percheの愛人の男の描写であるが(p.16)、Il vit dans la terreur d’une criseet a terriblement honte quand cela lui arrive au beau milieu de la rue, avec des tas de gens qui l’entourent et s’apitoient sur son sort. 多くの人はこんな描写に自分自身を発見してしまうのではないか。

Maigretでは、都会で苦しむ人、人間関係がうまく行かないで苦しむ人がでてくる。Bradburyでは、自然の中で、宇宙の中で、世界にたいする恐怖を感じている人が出てくる。でも、Maigretでは明らかに、世間に対しての恐怖、対人関係を構築することができない人々がでてくる。たいていは社会の底辺にいる人々だ。それぞれの作家には、それぞれの魅力がある。

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