異文化の森へ

カエルの王子(初版と最終版における性的暗示の比較)

2015-08-31

カエルは王女の横に座って食事をする。お腹がいっぱいになる。そして、次のように言う。

Wie er sich satt gegessen hatte, sagte er: „nun bin ich müd’ und will schlafen, bring mich hinauf in dein Kämmerlein, mach dein Bettlein zurecht, da wollen wir uns hineinlegen.“

この部分は明らかに性的な暗示がある。da wollen wir uns hineinlegen との表現は、それ以外の何物でもない。この部分は最終版(第7版)ではどうなっているか対比してみる。

Endlich sprach er „ich habe mich satt gegessen, und bin müde, nun trag mich in dein Kämmerlein und mach dein seiden Bettlein zurecht, da wollen wir uns schlafen legen.“

この部分はこの童話のハイライトの一つであると考えられる。王女の嫌悪感が高まる瞬間である。初版と最終版では、この部分は特に大きな変化がない。敢えて言えば、初版では hineinlegen が最終版では schlagen legen となっている。性的な暗示がやや弱まったと言えるか(?)。

それから、王女がカエルを壁に叩きつけて、それを契機としてカエルが王子になる。その後二人はベットに入るのだが、初版の書き方と最終版の書き方を比較してみよう。

初版 und sie schliefen vergnügt zusammen ein.

最終版 Dann schliefen sie ein,…

と異なる。 初版では、vergnügt,  zusammen という二つの語があるので、どうしても肉体的な快楽・結合を想像してしまう。しかし、最終版ではあっさりとしているので、これならば子供達にも健康な童話として通るだろう。最終版ではかなり性的連想が生じないように抑えられている。

この話がグリム童話集の冒頭に置かれている意味を考えてみたい。この物語は、若い女性のイニシエーションの物語である。性的なものに対する嫌悪感を乗り越えることで、王子と結ばれるという話である。

この物語を読む子供達、若い女の子も多いだろう。童話を喜んで聴くのは男の子の子よりも女の子の方が多い。グリム童話集自体が語り手が女性が多いし、聞き手も女性が多い。そのような女の子の聞き手に対しての現実の世界を示すという教訓的な意図があったのではと思う(日本での若者宿、娘宿のような機能)。その物語が徐々に子供達へ一般への童話という性質を強めるために方向転換をした、しかしある程度は要素は残っているである。

つまり、グリム童話集は女性のために女性が語る物語であり、たまたまグリム兄弟という男性が編者になったが、その女性のための童話集という性質がカエルの物語を冒頭に持ってくることで示されている。こんな風に自分は考える。

photo credit: IMG 2359 via photopin (license)

 

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