異文化の森へ

DVD『風立ちぬ』を見る。

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昨晩、アニメ映画『風たちぬ』を見た。面白かった。感動した。自分の評価は5点満点で5点を付けたい。

ただ、これはかなり予備知識が必要な映画だ。まず、(1)ゼロ戦が当時の戦闘機としては画期的な性能を持ち、その設計者として堀越二郎氏の存在を知っていること。(2)次は、小説家、堀辰雄が『風立ちぬ』と『菜穂子』という小説を書き、ストーリーがこの映画には下図として使われていること。(3)これは、タイトルはポール・ヴァレリーの詩『海辺の墓地』Le cimetière marinの最後の連の冒頭のLe vent se lève, il faut tenter de vivre」「風立ちぬ、いざ生きめやも」を踏まえていること。これらを知っていないと十分には鑑賞できない。

もちろん、知らなくてもある程度は理解できるが、それも高校生以上の知識を持っていることが必要だ。今までのジブリ映画は小学生でも楽しめたのだが、これは小学生では楽しめないかもしれない。

予備知識を確認する意味で、まず、(3)から見ていきたい。『海辺の墓地』Le cimetière marin という詩だが、私には難解すぎて分からない。ネットでもいろいろな解説がある。海辺の墓地を歩いた主人公が本ばかり読んでいないで、生きよう、という決意表明をする詩のようだ。堀辰雄はこの詩を読んでいたく感動したようで、その一部を自分の小説のタイトルにさえしてしまった。

映画では「風」のイメージがたくさん使われている。要となる部分で風が舞う。風が舞ったお陰で主人公達は結ばれるのだ。さらに、飛行機は空に飛んで行くのだ。Le vent のイメージはそんな風に利用されている。

(2)堀辰雄の二つの小説のキーワードは、死と肺病(結核)である。ともにヒロインが結核に病んでいて、治療に長野県にあるサナトリウムで療養する。その頃は結核は不治の病とされて、これに感染すると間違いなく死んでしまう、と信じられていた。『風立ちぬ』では、節子というヒロインが、『菜穂子』では、菜穂子というヒロインが登場する。そして、最終的にはヒロイン達が死を迎えることが暗示される。

死に面した人間は、残り少ない時間を意識する故に、四季の移り変わりに敏感になり、自然の美しさに感動することが多い。作者の堀辰雄も結核でなくなるが、結核を経験した人間であるが故に、結核という病気と病人に見える自然の美しさの描写が、鬼気迫るものがある。

小説自体は、『風立ぬ』は分かりやすい。『菜穂子』の方は、焦点がぼやけて何を言いたいのか分かりづらい。私自身としては、『風立ちぬ』の方が好きだ。その小説の「私」と節子の関係が、映画の「二郎」と「菜穂子」の関係に投影されている。しかし、映画では、恋人の名前は「節子」ではなくて、「菜穂子」にを採用している。このあたり、映画でも「節子」という名前を採用していればと個人的には感じた。なぜ、「菜穂子」という名前を使わなかったのかは謎だ。

(3)映画では、たくさんの登場人物が出てくる。外国人の何名か登場する。カストルプという謎のドイツ人、カプローニというイタリア人の男爵などである。そしてたくさんの日本人達。主として上流社会の人々だ。いろいろな主題が織りなすが、第一主題は飛行機を作りたい、飛行機に魅せられた青年が、零戦を設計してゆく姿であり、第二主題は二郎と菜穂子の愛、そして菜穂子の不治の病である。この二つの主題に収斂していくように映画は組み立てられている。

アニメだが、自然が美しく描写されている。DVDで見ても感動したのだが、映画館で大きなスクリーンで、これらの自然を見たら感動が強かっただろう。昭和の頃までの日本の光景が懐かしさとともに思い出される。貧しい日本もアニメを介して見ると美しくなる。これあたり、アニメの効用であるが、同時にアニメが現実を見えなくしている側面もあるのだ。

さて、『風立ちぬ』を楽しもうとしたら、このように様々な予備知識が必要となる。つまり、歴史的、文学的な知識、それらの積み重ねとしてこの映画があるのだ。若い人たちには、この映画の受容はどうであろうか。左翼系の人は、戦争賛美だ、けしからん、と非難するかもしれない。宮崎駿監督もこのあたりのことは覚悟して製作したのであろう。でも、万人に理解してもらえる映画などはあり得ない。分かる人が分かればいいのだと思う。私は幸いなことに分かる人のグループに属することができたようだ。

あと、雑感を少々。当時はみんなタバコを吸っていたな、と思い出した。1960年代の白黒映画では、登場人物はみんなタバコを吸っていた。会議などは煙で一杯だ。アメリカのハードボイルド映画なども登場人物がみんなタバコを吸っていた。最近はうるさくなって、会議でタバコを吸う人はいなくなった。昔は会議では、灰皿が置いてあったのだが。時代の流れか。

主人公が計算尺を使っていた。自分も子どもの頃、父親から計算尺をもらって使い方を教えてもらった。懐かしい。高校の物理の時間に先生が計算尺を使っていたのを思い出した。今では、みんな電卓を使うのだ。

零戦を飛行場まで運ぶのに牛車でゆっくりと運ぶ光景があった。これはどうやら本当の話のようだ。あの当時は、道路も舗装されてなくて、振動を与えないように、馬ではなくて、牛がゆっくりと引いたのだ。そんな時代の日本が最新技術の零戦を完成させたのは素晴らしいと思う。

ところで、堀辰雄も堀越二郎も写真を見ると似たような顔をしているな、と思った。ともに眼鏡をかけて秀才タイプだ。現代では少なくなったタイプだ。この二人の存在が、宮崎駿監督に製作へのインスピレーションを与えたのだ。

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