異文化の森へ

神父が犠牲者に

2015-02-26

なんと神父がペストの犠牲者となる。ペストとは神から与えられた試練であると教会で説いた人なので皮肉を感じる。神父さんは特に取り乱した風もなく、自分がペストであると信じられないまま死んでいる。No. 3765 では、Tarrou は手帳を持っていろいろと書き記しているようだ。この人がこの話のナレイターかなとも思う。あるいは、この人がペストで亡くなるとしたら、その手帳を元に、このペスト騒動の話を再現した人がナレイターになるのだろうか。

スポーツスタジアム(Stade)がペスト患者の隔離所になっている。観覧席に人が一杯いるとあるが、これは患者の家族たちが見守っているからだろう。プレー場は赤いテントがたくさん立てられて、患者たちはテントの中のベットに寝ている。(no. 3787)

No. 3839 に次のような文章がある。deux petites voitures électriques, comme on en voit dans les gares, passèrent entre les tentes, transportant de grosses marmites. 電気自動車が動いている。現在、ガソリンで動く自動車から、電気自動車への動きがみられるが、この当時から電気自動車はあったのだと感動した。

この小説でも、ところどころ自然描写が美しい箇所がある。灼熱のアルジェリアの町であるが、やはり夕暮れとか、あるいは真昼の時でも、自分がそこにいて皮膚でその空気を感じて、光景をこの目で見てみたいと思う場面がいくつかある。この小説に限らず、自分はいろいろな小説を読んで、自然描写の美しい部分を抜き書きして、それをためて時々眺めて楽しみたいと思う。

なんだか、次の描写の光景はキリコの絵を想起させる。Le ceil luisait doucement au-dessus des maisons du vieux quartier. Un léger vent soufflait sans bruit à travers les carrefours obscurs. (no. 3853) こんな場所にも行ってみたい。

モバイルバージョンを終了